東京高等裁判所 平成元年(行ケ)135号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
前記当事者間に争いのない審決の理由の要点によれば、審決は本件の争点をなす本願発明のホースクリツプの係合部Aに係る構成と第一引用例記載のホースクリツプにおいて右係合部Aに対応する函状枠11(この点は当事者間に争いがない。)に係る構成につき、両者の構成に差異はなく一致するものと認定したうえ、これを前提として爾後の判断をしているものであることが明らかであるところ、原告は、右のように審決が前提とした認定自体が既に誤りであるとし、この点を取消事由として主張するので、以下この点について判断する。
1 前記当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明に係る願書並びに添付の明細書及び図面)及び第三号証(本願発明に係る昭和六一年五月二七日付手続補正書)(これらを、以下「本願明細書」と総称する。)を総合すれば、本願発明は、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨のとおりの構成(特許請求の範囲の記載に同じ。)からなるホース等の物品を緊締するホースクリツプであるところ、その要旨とする点は要するに、バンドと該バンドの両端の一対の係合部からなり、一方の係合部(係合部A)を「その間に空間を有する一対の半径方向に離間したジヨー」で構成したうえ該一対のジヨーの右「空間」側の面にそれぞれ歯状部を設け、他方の係合部(係合部B)を半径方向内側の面及び半径方向外側の面にそれぞれ歯状部を設けた舌部(及び「半径方向内側に該舌部から離間して該舌部とほぼ並行に延びその間に半径方向内側のジヨーを収容できるようにした肉薄唇部」)で構成し、ホース等を前記バンドで巻回したうえ係合部Aを構成する前記一対のジヨーの内側に設けた歯状部と係合部Bを構成する前記舌部の両側に設けた歯状部をそれぞれ相互に補完係合させることによつてホース等を緊締するとともに、一旦係合状態を形成した後もこれを任意に解除することが可能なように構成したホースクリツプという点にあることが認められる。
2 しかして、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ。)に徴すれば、係合部Aの構成に関しては、特許請求の範囲の記載上は、直接的には「該係合部の一方がその間に空間を有する一対の半径方向に離間したジヨーにより構成され」との記載が認められるのみであるが(ここでは歯状部の形成に関する記載の点は措く。)、前記1認定のとおり、本願発明は、係合部A及びBの係合によりホース等を緊締する点のみならず、一旦係合部A及びBを係合した後も任意にこれを解除できるように構成する点をも要旨とするものであり、特許請求の範囲の記載における「ホース等の物品を緊締する解除可能なホースクリツプ」との記載はそのような意味であると解すべきであるところ、前掲甲第三号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、ホースクリツプ係合後にこれを解除する方法としては、係合状態にある係合部Aと係合部Bとを緊締したホースの軸方向に相互に反対側に移動することによる旨の記載がある(しかも、その記載の位置等からして必ずしも単なる一実施例に関する記載であるとも解されない。)、ことが認められるのみならず、前記1認定のような本願発明の要旨とする構成からみても、一旦係合したホースクリツプの係合状態を解除するためには右のような方法によるのが自然であると解される。そして、このように係合状態にある係合部Aと係合部Bとを軸方向に相互に反対側に移動するためには、一対のジヨーから構成される係合部Aが、少なくとも係合部Bを構成する舌部の軸方向への移動を阻止しないように構成されていることが不可欠であることを考慮すれば、前記係合部Aに関する「該係合部の一方がその間に空間を有する一対の半径方向に離間したジヨーにより構成され」との記載は、少なくとも、係合部Aを構成する一対のジヨーがその間に空間を有して半径方向に離間していて、その間に収容した係合部Bを構成する舌部が軸方向へ移動することを阻止しないような構成であることを意味しているものと解するのが相当である。
3 これに対し、第一引用例に審決摘示のような記載(ただし、第一引用例記載のホースクリツプが、係合部の一方をその間に空間を有する一対の半径方向に離間したジヨーにより構成しているとする点及び解除可能であるとする点は除く。)があることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証によれば、前記のとおり本願発明のホースクリツプの係合部Aに対応することにつき争いのない第一引用例の函状枠11は、その上壁15及び底壁12を両側の側壁13、14によつて固定した文字どおりの函状の枠である(ただし、両側の側壁の一部に窓孔を設けている。)ことが認められるから、当然ながら、本願発明の係合部Bを構成する舌部に対応する突出嘴5(この点も当事者間に争いがない。)は右上壁及び底壁の両側の側壁によつて阻止されて、これを軸方向に移動させることができないものであることは明らかである。
4 そうであれば、本願発明のホースクリツプの係合部Aに係る構成と第一引用例記載の函状枠11に係る構成は、前者の一対の離間したジヨーの間の空間が、少なくともその間に挿入され係合された係合部Bを構成する舌部の軸方向の移動を妨げないようなものであるのに対し、後者の函状枠11に係る構成は上壁及び底壁を固定する両側壁があるため、その間に挿入され係合された突出嘴5を前者のように移動できない点で相違するものであることが明らかであり、そうである以上、本願発明のホースクリツプの係合部Aに係る構成と第一引用例記載のホースクリツプの函状枠11に係る構成との間に差異がなく両者が一致するものとした審決の認定は誤りといわざるを得ない。
この点に関し、被告は、本願発明に係る特許請求の範囲には原告主張に係る係合部Aを構成する一対のジヨーと係合部Bを構成する舌部とが相互に相対的に軸方向等に移動可能となつていることを示す記載は全くなく、また、係合部Aに関する特許請求の範囲の記載における「離間」との用語は、一般に、第一引用例記載の函状枠11におけるように、本願発明の係合部Aを構成する一対のジヨーに相当する上壁と底壁とが部分的にせよ完全に離間している場合をも含む旨主張するが、特許請求の範囲の記載の解釈は、単に形式的な文言上の意味のみではなく、特許請求の範囲の記載全体の趣旨を参照し、また発明の詳細な説明の項の記載等をも斟酌して解釈することができることは当然であるところ、これらの点を参酌すれば前記本願発明の係合部Aに関する記載は少なくとも前記2認定のとおりに解するべきであるから、これに反する被告の主張は採用できない。また被告は、ホースクリツプ係合後の解除の可否の点についても、第一引用例記載のホースクリツプにおいては、その係合後は、そのままでは逆抜け不能ではあるが、突出嘴5はその内部を中空構造とした弾性体であつて押圧されれば平たくなるものであるから、函状枠11の開口16又は側壁の窓孔19、20等から平たい部材を挿入して突出嘴5を押圧することによつて解除することも不可能ではない旨主張しているが、前掲甲第四号証に徴してもそのような解除方法が第一引用例に記載されているものでないことは明らかであり、また、仮に被告主張のような方法が可能であるとしても、そのような方法はいわば非常手段ともいうべきもので、前記認定に係る本願発明の解除方法とはその性質を全く異にするものであることはいうまでもないところであるから、被告主張の点をもつて、本願発明がホースクリツプを解除可能にした構成とその点に関する第一引用例記載のホースクリツプの構成を同一視することはできない。
5 そして、前記認定に係る本願発明の係合部Aの第一引用例の函状枠11との相違点をなす構成が本願発明の要旨をなす構成であること、作用効果との関係でも、原告主張のホースクリツプの係合力の差異の点はともかく、前記構成上の差異に基づき、少なくともホースクリツプ係合後の任意の解除の可否という点で差異が生ずるものであることは、以上の認定説示に照らし明らかであり、また、前記当事者間に争いのない審決の理由の要点に徴すれば、審決が右の点の看過誤認を前提に、本願発明と第一引用例記載のものとの相違点としては係合部Bの有する肉薄唇部の点のみを摘示して、爾後その点との関係のみで容易推考性の判断をしていることも明らかである以上、この点に関する審決の誤りは審決の結論に影響を及ぼすべきものである。
三 よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
ホース等の物品を緊締する解除可能なホースクリツプにして、物品を巻回するバンドと、該バンドの両端部にあつて相互補完係合してクリツプを緊締して物品を保持する一対の係合部を含み、該係合部の一方がその間に空間を有する一対の半径方向に離間したジヨーにより構成され、その半径方向内側のジヨーはその半径方向外側の面に形成された一組の歯状部を有し、半径方向外側のジヨーはその半径方向内側の面に形成された一組の歯状部を有し、該係合部の他方はその半径方向内側の面及び半径方向外側の面のおのおのに形成された一組の歯状部を有する舌部と、半径方向内側に該舌部から離間して該舌部とほぼ平行に延びその間に半径方向内側のジヨーを収容できるようにした肉薄唇部を有することを特徴とする前記ホースクリツプ(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
図面(一)
<省略>
図面(二)
<省略>
<省略>
(以下省略)